Live in Maui / Jimi Hendrix, Mitch Mitchell, Billy Cox



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いまだに音源でるの...なんなの。

 

 

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​「Live in Maui」 は、1971年の映画 「レインボーブリッジ」 の撮影中にヘンドリックスが野外で録音したアルバム。ジミ・ヘンドリックスが1970年7月30日にハワイ・マウイで録音したもの。​[1] 二枚組のCDと三枚組のLPセットは、 「Music, Money, Madness ... Jimi Hendrix in Maui」 というビデオドキュメンタリーと一緒に、2020年11月20日に発売された。​[2]

 

エクスペリエンスって書いてあるけど1970年7月だから、違いますね。

ベースがビリー・コックスです。

この最終バンド、名前はないらしい。

 

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1961年、軍役についていた頃に無名時代のジミ・ヘンドリックスと知り合い、共に演奏活動を行う。ヘンドリックスがチャス・チャンドラーに誘われてイギリスに渡る際、コックスも同行するよう誘われるが、その時は断る。

1969年、ノエル・レディングの後任としてジミ・ヘンドリックスのバンドに加入。ウッドストック・フェスティバルやライブ・アルバム『バンド・オブ・ジプシーズ』等に参加。1970年にヘンドリックスが他界するまでサポートを続けた。ヘンドリックスの死後に発表された『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン』『サウス・サターン・デルタ』でも、コックスの演奏が聴ける。

 

とはいえ、ドラムがミッチ・ミッチェルだからほぼエクスペリエンスか。

それくらいミッチ・ミッチェル=エクスペリエンス。

ニアリーエクスペリエンス。

いや、ドラム違ったらここまで伝説になってたかわからんよ、というのは言い過ぎか。

バディー・マイルスだったら??

いや、それはあくまで方向性の問題か。

でもやっぱジミにはミッチだよねえ。

 

​Jimi Hendrix Experienceとリストされているが、HendrixはドラムのMitch MitchellとベースのBilly Coxと共にポストバンドのGypsysグループを伴っている。​[1] 1970年の最後のThe Cry of Love Tourでのトリオのアメリカでの最後から二番目のパフォーマンスだった。彼らは、ヘンドリックスが四枚目のスタジオアルバムの準備をしていた曲と、エクスペリエンス、ウッドストック、そしてバンド・オブ・ジプシスで演奏していた頃の曲をミックスして演奏した。

​1971年のアルバム『レインボーブリッジ』には、サウンドトラックだと謳っていたにもかかわらず、ヘンドリックス氏のマウイ島での演奏は一切入っていなかった。​[2] レインボーブリッジの映画では、最初に17分にも及ぶヘビー・エディティングの楽曲がリリースされた。​[2] Jimi Hendrix Experience box set (2000) (「ヘイベイビー」/「嵐の中から」のメドレー)とVoodoo Child:The Jimi Hendrix Collection (2001) (「フォクシー・レディ」)で追加曲がリリースされた。​〔3〕

​3人は50分のセットを2セット演奏した;​しかし、保護されていない旧牧草地では強風の影響もあり、技術的な問題が生じた。​[2] 結果として、ミッチェルは1971年にニューヨーク市のエレクトリック・レディ・スタジオで「火」、「スペインの城の魔法」、「恋人」、「愛するメッセージ」、「イージライダー」、「ヘイベイビー/ミッドナイト・ライトニング」以外のドラムパートを再録音したが、ヘンドリックスはそれ以上インプットをしなかった。​[2]

 

ドラム、取り直してるの。

6曲以外を?

全20曲だから半分以上録り直したのか。偉すぎるな。

 

聴きながら書いているんだが、今Voodooのラスト〜ドラムソロ、そこからのFire。

おお、、やばいね、これは。

 

​クリティカル受信
​AllMusicのレビューで、Mark DemingはMauiのLiveを5つ星中4つの評価で評価した。​彼は、理想的とは言えない録音条件を指摘し、次のように付け加えた。

​Mauiのレコーディングでは、彼 (Hendrix) は何か新しいことを探究しているようには見えないが、彼 (Hendrix) は素晴らしいフォームで、遊び半分にリラックスしていて、完全に没頭していて、Mitch Mitchellのドラム演奏はいつものようにJimiのメロディーと楽器攻撃の素晴らしいホイルであり、Billy Coxの繊細だがしっかりとしたベースは彼の前任者であるNoel Reddingよりもこの音楽をよりよく固定している。​〔4〕

​クラシック・ロックの脚本家であるヒュー・フィールダーは、レコーディングの問題についてもコメントし、その結果、マウイ島でのレコーディングは、アトランタ国際ポップ・フェスティバル (1970) (最新リリースFreedom:Atlanta Pop Festival, 2015)とアイル・オブ・ワイト・フェスティバル1970 (ブルーワイルド・エンジェル2002)でのヘンドリックスのパフォーマンスを支持して何年も先に行くことになった。​しかし、彼は「[n] 最新のデジタルオーディオテクノロジーによって、それらをスクラッチ (ほぼ) まで引き上げることができました。」と指摘し、アルバムには五つ星のうち三つ半を与えた。​[5] しかし、彼は「[t] 第二セットは緩くなっていて、ヘンドリックスが目を覚まして引き裂く前に、時々バラバラになる危険がある」と感じた。​〔5〕

​トラックリスト
​セットリストには異なる順番が表示され、ヘンドリックスの伝記作家たちは長年にわたって、いくつかの曲やメドレーに別の名前を使ってきた。​[3] [6] 例えば、「私の列車の音を聞いてください」は「心を取り戻そう」として特定されている。​「ヴィッラノーヴァ・ジャンクション」は「インストゥルメンタル・ソロ」;​また、「ミッドナイト・ライトニング」、「ヘイベイビー」、(第二集合)、「ドラムソロ」及び「やあジョー」のメドレー部分については、個別に記載していない。​すべての曲はジミ・ヘンドリックスによって書かれたものだが、「やあジョー」は例外だ。

 

ふーん。

 

 

Villanova JunctionとEzy Ryderが入っていますね。

特に好きなので嬉しい。

 

今日はこれ聞いてるか。

トイレ行きたくなってきたので、以上です。

 

 



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