例の漫画について考えた話



 

結構盛り上がっているようでなによりですね。

たぶんすごく身近な話題なんだろうな。

仕事でも、誰かに絵を書いてもらうとかなどの趣味創作でも発生しそうな話題だ。

 

例の漫画は「立場が強いクライアントが立場の弱い美大生を食い物にしている」作品ではなく、むしろその逆だと私は思う - 頭の上にミカンをのせる

批判されてるのは指示出し出来てないのにリテイク繰り返すやり方なので、立場どうこうでは無いと思うけど

2020/10/17 12:24

b.hatena.ne.jp

 

本文は読んでないんだけど、やっぱりこれだろうなあ。

 

結局無限の選択肢の問題だと思う。これは。

なんであれ無限の選択肢がある。

絵であれ曲であれ詩であれ。

 

どちらへ進むのがいいのか。

その結果はわからん。

決断した結果を元に進んでみた人だけがそれを知ることができる。

問題はディレクターが無限の選択肢のうちの進むべき道を示していないのに、絵師?が示した方向性を容易に切り捨てられることにあると思う。

 

つまりこれは試験だ。

Dの気に入る絵が書けるかどうかというだけの試験。

ふつうだとか良くなった!というのはそのDの方向性とずれていたか一致したかにすぎないので心を読むテストのようだし、結果的に美大生はD好みの絵しかかけなくなるか、Dの好み=優れたものと考えるようになるかもしれない。

でも別にそんなことはない。

Dが罵倒として使ったふつうという言葉は、広く一般に親しみやすい絵柄だとも取れる。

これは結局、ただの方向性や嗜好の問題では。

つまり無限の選択肢を絵師に任せるのであれば、少なくともその方向性をベースに考えなければならないと思う。

これは礼儀の問題でもある。

当然ビジネス的にはリスクの高い選択肢となる。

だから、一般にディレクターなりは大まかな指示をだすわけだよね。

つまりこのDは絵師との力関係を利用していいとこ取りをしているわけだ。

選択肢は少しも絞りたくないけれど、きたものを元にいくらでもジャッジしたい。

それは互いに自分にはできないスキルを持つものとして、協力して「個人では作れないものを作ろう」という思想とは相入れないと思う。

多かれ少なかれ分業の基本は人に任せることで同時時間分の作業量を増やすことにある。それはお好みのAIをつくることではない。

人となにかをすることは基本的にはセッションだと思う。想定外の化学変化を受け入れるか、譜面に書いて渡すか。それが違う能力を持つもの同士が共存しうる境界線だ。だから礼儀の問題なんだろうな。たぶん。

単に自分ができない分野を黙ってても自分が好むように作ってくれる人が欲しいというのはまともな人間関係ではない気がするけどな。

 



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